
今回ちょっとまじめに書きたいことがあります。
一つは病気のこと
もう一つは恋愛のこと。
よかったら読んでください。
ただし僕が書くのは「論」ではなく「実証」であることを
わかってください。
今日は病気について書きます。
いつもと違ってエロな部分はないのでそれを期待してる方は
消してください。
皆さんに報告があります。
ナルコレプシーが治りました。
すこしでも医学に詳しかったり、僕のことがきっかけでこの病気を
知ってくれた人ならば「??????」でしょう。
というのはナルコは症状をごまかしすことは出来るのですが、
今の医学では治らない病気なのです。
どんな医者に行ってもナルコは治せません。
唯一その人からナルコをなくす方法は
「死ぬ」ことだけです。
僕は去年のちょうど今頃にもともと「気」のあったナルコの症状が
噴出してきました。
そして新宿にある日本で唯一のナルコの専門病院で
脳波を測定して「晴れて」ナルコとなれました。
その日から僕は「怠け者だから昼間寝る人」から「不治の病だからいつでもどこでも寝ちゃう人」に格上げされたのです。
でもそれは僕が残りの人生の全部を睡魔と闘い、
睡魔に負ける日々をおくることを確約されたということなのです。
その日から僕は「覚醒剤 ベタナミン」を毎日呑み
無理やり脳を覚醒させていました。
薬を飲んだ後1時間は寝てしまう「逆説的けい眠」に悩まされ、
ベタナミンの強烈な副作用にもがいてました。
特に去年の11月以降は僕は廃人でした。
同棲している彼女は僕にいいました。
「もう薬やめたほうがいいよ。
薬をのまない日は夜から朝・昼・夜とずっと静かに寝てるけど
薬をのんだ日は正常に起きてるのがほんの少しで
あとの時間は副作用でもがいて床を転がっているじゃん。
もうそんなの見たくないよ。」
たしかにそんな毎日でした。
薬をのまないでなにも出来ない廃人として果てていくのか
薬をのんで昼間の大半をキチガイのように過ごすのか?
冷静になれた今だから書けますが
そのときの僕は毎日どうやったら死ねるのかと考えてました。
それも積極的な自殺じゃなくて
夜寝て朝目が覚めない方法はないだろうか
ということを毎晩真剣に考えていました。
だって今までの医学の歴史でナルコレプシーが治った症例は
ないのですから。
僕が自分自身を鼓舞させていた方法、
それは唯一このブログを書くときだけは
元気な時の山口薫でいようと決めて
元気なふりをして書いてました。
ナルコが発覚した頃、真由美と別れることも決まりました。
それはナルコだけが原因じゃないのですが
このままいたら彼女の残りの人生は僕の介護になります。
それはだめです。
2006年は僕の44年の人生でいちばんどん底でした。
病気になったことは全部が悪いわけじゃなかったのです。
病気になるとひとの本性が見えてきます。
何人かの知人は僕から離れていきました。
おそらく僕が怠けていると思ったのでしょう。
ナルコレプシーのいちばん厄介なところは
作家の色川武大(阿佐田哲也)もその本で書いてますが、
ナルコ患者は一日のなかで唯一起きている時間を選んで
ひとと会うのです。
だから会ったひとはそのナルコ患者を見てこう思います。
「なんだ、前と変わってないじゃん。病気なんて嘘だな。」
僕に対していちばん辛らつな言葉を吐いたのはやはり母親でした。
母に会う用事が有ったときにその時間は起きているように調節して
会いました。(というかそうじゃない時間は寝てるので会えない)
その時に母が言った言葉
「なんだ病気なんてウソだねぇ。そんなの気の持ちようなんだよ。」
僕は近い将来母親が病床で死ぬ時に耳元でこう言う予定です。
「なんだ病気なんて気の持ちようなんだからとっとと起きろよ。」
自分が弱った時にこれ幸いと態度がでかくなった人もいました。
さて、
年が明けて1月も半ばです。
僕のあたまにある人が浮かびました。
その人は僕が霊にとりつかれたときにアドバイスをくれた方です。
でも僕はその人にもう5年以上は会ってないのです。
でもなにかの導きだろうと思ってその方の家に行きました。
玄関を開けて出てきたその方はこう言いました。
「きょうあんたがくるって気がしてたんだよ。
朝からずっとね。」
僕は二時間以上かけてその方とお話をしました。
ナルコのこと、家族のこと、彼女のこと、仕事のこと。
その方は僕にいいました。
「あんた、墓参りに来て欲しいってあんたの先祖が言ってるよ。
最近行ってないだろう。」
「はい父方の墓も母方の墓も、もう30年は行ってません。」
「どうして行かないのだよ。」
僕はその理由を言いました。
それはこういうことです。
僕は僕の父も母も嫌いです。
それは私のわがままではなくて、誰もが認めるほど僕の両親は変人
です。
優しさも、常識もありません。
僕がどうして墓参りに行かないのかと言うと、
僕はそんな両親を作り出した両家の先祖が憎いからです。
僕はもう何年も先祖を憎んでいました。
だからこそ墓参りなんて金輪際行くものかと心に決めていました。
それを聴いてその方は僕に言いました。
「わたしも知ってるけどあんたの両親はひどいひとだよ。
それは判るんだ。
でもな、薫さんよだからってその先にいたご先祖さま全部を
恨むってのは良くないよ。
あんたの父親も母親も拝みたくないのは判るよ。
でもあんたがこの世にいるってのは先祖がいたからだよ。
あんた、その病気治したいならばいまから言う事をしなよ。」
その方はこう言いました。
近いうちに時間を見つけてお墓に行くこと。
そのときには「お線香」と「白い菊5本」と「きれいなタオル」を
かならず持っていくこと。
まずお墓にお水をそっとかけたら
もっていったタオルで磨き上げるように拭き取ること。
お線香を点けて、菊をお供えしたらいままで来なかったことを
ちゃんと詫びること。
それをしたら病気はよくなるよ・・・・・・。
僕は礼を言ってその方の家を出て
横浜にある父方のお墓があるお寺に向かいました。
といってももう30年以上前の記憶です。
なんとかそれらしいお寺に入って、
うちのお墓があるかどうかを見てもらいました。
確かにそこにお墓はありました。
僕が中学生の時以来です。
僕はお墓をきれいに磨き上げるようにふきあげました。
お線香を点けて 白い菊を5本供えました。
心の中でなにかが晴れました。
そして翌日からです。
嘘のように眠気も頭痛もないのです。
本当はその時にこのブログに書きたかったのですが、
もしかしたら一日二日の症状かもしれないので
二週間ほど様子を見ました。
そして昨日も今日も
一回も眠くなかったのです。
月も変わりますので、みなさんに報告することにしました。
僕が書いた事を信じるも信じないも構いません。
なぜならば僕は眠くないのです。
それがなによりの実証です。
僕はもうナルコじゃありません。
この一年、ナルコという奇病になったことは「不幸」でしたが
それによって得たものは計り知れないものです。
もう僕は恐いものはありません。
どんなことがあっても大丈夫です。
キチガイのように唸りながら床を転がっていたことを考えたら
ちゃんとおきていられる今は世界一幸せです。
今は朝が待ち遠しいのです。
これを読んでくれている方の中には
永年病気で苦しんでいる方もいるでしょう。
ぜったいにあきらめないでください。
元気になってしたいことをあきらめないでください。
ナルコが僕にくれたものは何にも負けないぞという気概です。
次回は恋愛について書きます。





















































