アンパンマンが離婚していたことが報道された。


その記事を見てあることを思い出した。


いまから三年位前だ。


僕が駐車場を借りている不動産屋さんの社長は、僕が行くたびに本を渡してくれた。

内容は 人生 とか 生き方 とかを
説いているものだ。


表面上は解りにくいが明らかに新興宗教だ。


あるとき社長は僕に一枚のチケットをくれた。


「横浜アリーナでイベントがあるから行くといいよ。」



その日特に予定も無かったので行くことにした。


その本の教えに共鳴したわけじゃ無くて、
その団体がいったいどんなものなのか知りたいと思ったからだ。



僕のスタンスは決まっている。


そのものに触れずに共鳴も共感も

賛成も反対もしないこと。



エホバもモルモンも統一教会も

直接触れてみて自分で判断した。



横浜アリーナにはたくさんの人が来ていた。


来ている人の年齢層や雰囲気は

アムウェイの横浜アリーナイベントと

似ている。



僕は二階席でイベントを見た。


司会はアンパンマンの元のご主人。


アイドルだった彼を久しぶりに見た。



イベントの内容はものすごくソフトなもので僕にしたら可もなく不可もなくであまり魅力のあるものでは無かった。

どうして多くの人がこの教えに共感し共鳴しているのかは判らなかった。

そして、進行方法や盛り上げ方には疑問があった。


客席にはたくさんの空席があり

客席からの熱気が無かったし

進行は全体的にどたどたしていた。



宗教団体のイベントならば

横浜アリーナを満杯にするくらいの動員

をしないといけない。


動員力はまさにその団体の力なのだ。




ひとつだけ僕が来て良かったと思ったことがあった。


二階の小ホールで井上かつゆきバンドの

井上かつゆきさんがアコースティックライブをやっていたのだ。


これだけのスターが 仲間 にいるのならば
本ステージでライブをしてもらったらいいのにとも思った。


僕は生でクリストファークロスが見たいからアムウェイの横浜アリーナイベントに行った過去がある。


動員にはビッグネームが必要なのだ。




その後不動産屋の社長は僕に会うたびに

入らないかと誘ってくるがいまだにやんわりと断っている。



アンパンマンの離婚の記事を見て

忘れていた記憶が頭の奥からメタンガスのように涌いて出て来た。




バイバイキーン!!!!!




スポンサーサイト



クリス・ベノアが死んだ。







今日の東京スポーツを買って


驚いた。






狂犬クリスが死ぬなんて・・・・










僕が始めてクリスとであったのは



いまから25年前、新日本プロレスの合宿である。





当時僕はスター選手の後援会の副会長をしていた関係で



毎週のように合宿所に顔を出していた。






当時の合宿所には今をときめくスターばかりがいた。



山田(ライガー)


橋本


蝶野


野上





大矢


船木


そして海外からの留学生として外国人が二名。



そのうちの一人がクリスだった。







当時のクリスは16歳くらいで



まさに金髪の美少年だった。






僕はクリスとたどたどしい英語で会話をした。







日曜日の練習が終わったら



クリスと僕は焼肉を食べに入ったりした。






体は大きくても、まさにまだまだ少年だった。










クリスがらみで僕は苦い思い出がある。







当時僕が片想いしていた女の子がいた。





いまの長澤まさみみたいな正統派の美少女だった。





僕は彼女をドライブに誘う口実に



新日本の合宿所に行こうと誘ったのだ。




意外にも彼女はOKしてくれて、



僕と彼女は合宿所の練習を見ることとなった。







僕は彼女にクリスを友人として紹介した。




食事にも一緒に行った。






そして彼女はクリスに一目惚れしてしまったのだ。









それから毎週のように彼女は僕に合宿所に行こうと



誘ってくれた。






彼女の本当の目的が判っていても



往復の車の中での時間が僕にとっては夢のような時だった。








それからしばらくしてクリスはカナダに帰っていったのだ。









そのクリスが「ワイルドペガサス」として




強豪レスラーとして日本のリングに帰ってきたときには




僕は狂喜したものだ。







ましてやWWF(WWE)での活躍をケーブルテレビで



見ていたときには古い友人が世界チャンピオンになったと



心の中でひとり祝っていた。








今回の彼の死は「自殺」と報じられている。






おそらく筋肉増強剤(ステロイド)による



強度の躁鬱状態が原因だと思われる。








プロレスラーは僕らに夢と勇気を与えてくれる



スーパーヒーローなのだ。







だから自殺なんかしちゃいけないのだ。








あのとき女子高生だった彼女も




クリスの悲報を目にして悲しんでいるだろう。








クリスの冥福をお祈りします。









06/18/2007    手相


最近読んだ本でとっても面白いものがあった。




「手相を書くだけで運命が変わる!」


マキノ出版 680円





風水も手相も、永い歴史のなかで確立してきたものだと言う。





僕は手相には関心が無かった。




この本を手に取ったのは


大好きな中谷彰宏さんが推薦文を書いていたからだ。





僕は読んでみて納得した。




そしてどれくらい効果があるのか試すためにも


右手に金運線を金ぺんで書いてみた。





結果は・・・・・・・





その翌日にいい商談が始まった。


そしてそれ以外の臨時収入で現金が5万円入った。




確かに偶然かもしれない。




でも運を持っていたり


運を大切にする人は



そういうことを大切に思っていくのだろうと思う。





そんなに高い本じゃないので


買って読んでみてください。




女の子や子供との話の話題にもなりますよ。






ということで今夜は焼肉です。









06/17/2007    パソコンの無い生活
自分のパソコンがウイルスによって侵略されて


もう一ヶ月が過ぎる。



いまの感想としては


「無いなら無いで大丈夫」


っていうこと。



よくテレビのない家っていうのがあるが


パソコンもそういうものだろう。




パソコンによって得ていた大量の情報も


無いなら無いで特に支障がない。



その分、元にもどって本をたくさん読んでいる。






最近、書店にいくと


運命論的な本が目に入ってくる。



何冊か買って読んでみたが


斉藤一人さんの本が一番腑に落ちた。





人間は結局、なるようにしかならない。




人生を動かす大きなものは


「運」


でしかない。





その人の持って産まれているもの。





それが親の徳なのか


前世でのいい行いなのかはわからないが


それがあることは否定できないだろう。




今日、大学野球の選手権の決勝戦がある。



早稲田大学と東海大学らしい。




早稲田の斉藤投手が実力だけじゃない


恐ろしいまでの強運をもっていることを


目の当たりにさせられたのは


去年の夏の西東京大会の決勝戦。




我が母校日大三校は再三にわたって


好機を迎え、斉藤投手を苦しめた。



普通の「場」であるならば三校は勝っていただろう。



だがしかし、


ラジオの実況のアナウンサーも叫んでいたように


斉藤投手が勝つように勝つように、


「場」は動いていた。




麻雀をやるひとならばわかるだろうが、


どんなに腕のいい人でも「ついている人」には勝てない。


もうその「場」が勝つひとのためだけにあるのだ。





そのような運を持ち、場を支配する人のことを


英雄というのだ。





我々凡人はそのような運を欲しいと常に願うが叶わない。





「努力とは凡人のための最後の救いである。」



我がこころの師匠、立川談志師匠のありがたお言葉である。








ところで


私の「神」である内藤陳様がガンを克服されて


復帰されたと報知新聞に載っていた。




陳様は僕に男の生きかたと行きかたを


教え込んでくれた人だ。



僕の魂に


「ハードボイルドだど、」


を練り込んでくれたのだ。




男なら行け、新宿ゴールデン街に。



「深夜+1」の看板を見つけたら迷わずドアを開けろ。




運が良ければ陳様がいらっしゃる。





僕は陳様にコードネームをいただいた有難い会員なのだ。

(冒険小説協会の創始者で会長が陳様なのだ。)





コードネームである。コンドームではない。




僕は自分の本名と、山口薫のペンネームと


そのコードネームで活動をしている。




男ならコードネームを持て。











先日の失敗。




仕事で行ったある家で、

その家のぽっちゃり奥さんと3歳位の男の子が

挨拶に出てくれた。



僕が


「お子さんはお一人なんですか?」


と聞いたら奥さんは



「いえもう一人いるんですよ。」


と答えた。




僕は奥さんに微笑みながらこう言った。



「じゃあもう一人はおなかの中なんですね。」




すると奥さんの表情が曇り、


「いえ、このこの上に息子がもう一人います。」






そのあとの空気は硬いものであった。







06/16/2007    粋などどいつ





嫌なお方の親切よりも


 好きなお方の無理がいい。








やっぱりそうだよなあ。
06/09/2007    生きることの意味



今回、コムスンが問題になっている。



介護ってなんだろう。



歳をとって生き続けるってどんな意味があるのだろう。





コムスンの問題も


年金の問題も


根っこは同じなのだ。




僕は年金の問題を語る識者達を見ていると


「こいつら馬鹿なんじゃないのか?」


と真剣に思ってしまう。





年金の成り立ちはドイツのビスマルクらしい。




当時のドイツは



長生きするお金持ち





早く死ぬ一般人


とが住んでいた。





ビスマルクは考えた。



お金持ち達が歳をとったときに


楽に生きれる方法はないだろうか?




それがあったのだ。




国民全員からお金を集めて国で管理して


ある年齢になったらそのお金を分配しよう。




そう、今で言う年金なのだ。






この方法には裏があった。




例えば年金をもらえる年齢を60歳としよう。




お金持ち達はいい医療を受けられるので


60歳以上は生きることができる。



だから年金をもらえる。



でも


一般の人間は医療を受けられないので


60歳まで生きることは稀だったのだ。




この方式によってドイツの富裕層は


多くの貧乏国民から集めたお金を老後に得ることができたのだ。





日本の年金もまったくこれと同じ思想で始まったものだ。




国の側の失敗としては



国民の大半が受給年齢を迎えることになってしまったことだ。





年金は「国がやっているねずみ講」であるということは


経済をかじったひとならば常識であるのだ。




僕は思う、


こんなときこそ江角マキコのコメントを聞きたい。




彼女は言った


「年金は確実に貰えるのです。」






世の中は少子化を嘆いている。



でも本当の問題は高齢化なのだ。




年金問題も、


医療費の問題も、


介護の問題も、


嫁姑問題も、




昔のように60歳ちょぼちょぼでみんなが死んだら


片付く問題なのだ。





ポコチンが立たなくなっても生きている価値はあるのだろうか?






介護を受けてまで生きているということは


まさに生き地獄なのだ。





やはり良い人から死んでいくのだ。