08/16/2015    小番事件について

今回の小番事件について書きます。


弁護士のボコチンをハサミで切り取った事件です。



まず僕の意見は賛成です。


この事件にはかなりのポイントがあります。



① 登場人物がすべて法曹関係者


② 犯人は法に頼まずに、自ら制裁を加えた。


③ この制裁は永久的修復不可能な点。


④ この制裁により、被害者となった男性はこの報復のきっかけとなった、「何かの行為」を永遠に出来なくなったこと。

⑤ それにより被害者となった男性による新たな被害者が生じることが防げること。


⑥ この事件は二次的な事件、(報復)であり、


この被害者となった弁護士の行為がきっかけとなっていると、


世間や被害者家族にも裁判を使い分からせることが出来ること。


⑦ この被害者の妻は自分の配偶者の行いを知る上に、


今後は夫婦のセックスが出来なくなったこと。


⑧ この弁護士の四人の子供たちは、自分の父親の隠れた正体を知り、


さらに自分の父親がこの先不能者だと知ったこと。


⑨ 人のものを盗るということは、


これだけの覚悟が必要だと世間に認識させたこと。



⑩ いずれこの小番容疑者は刑務所を出て、


晴れて無罪放免になる。


殺人ではないし情状酌量もあるからそれほど長くはない。



しかし、弁護士のボコチンは戻らない。

あと40年は不能者として生きていく。





たしかに暴力はいけない。


しかし、今回の小番容疑者の行為は暴力ではない。



制裁であり報復だ。


この弁護士と小番容疑者の若い美人妻との間に


なにがあったかはおいおいわかるだろう。




その事を法に訴えても


たいした制裁をこの弁護士の男に加えられないことは


法に詳しい小番容疑者だって、この被害者弁護士の男だって

誰よりもわかっていたはずだ。


そんなものでは許せない。



ここで許したならば、この弁護士の男はまたおんなじことをやる。



でもただ殴っただけならば、ただの痴話喧嘩だし、


この弁護士はすぐに回復する。



ならば、悪の根源を切り取ろう。



正しい考えだし、正しい行いだ。



小番容疑者は自分の妻を盗んだ悪党を、

自ら退治した。




彼は感情で行ったのではない。




冷静な頭で報復し


制裁を加えた。





僕は法的なことはどけておいて、


家族にされた酷いことを、


自らで制裁せずに



「日本は法治国家だから裁きは自らはしない。」



という人が多いのには驚く。






あの川崎で惨殺された少年の


離れて暮らす実の父親。



あの父親のせいであの少年は川崎に住むことになり


あんな酷い目に会った。



ならば父親として、

男として、


いつ報復をするのかと待っていたのだか、


未だに報復は無い。




腰抜けなのだ。





法に訴えてもダメだとわかり、


自らの残りの人生を棒に振っても構わない、


という覚悟があるならば、


そこに法は入り込めない。





この弁護士、


排尿のたびに


自らの過去の愚行を振り返らなければいけない、




この先何十年も、毎日何回も










小番容疑者は



法においては犯罪者という敗者になったが



男としては敗者にはならなかった。





もし小番容疑者が今回報復をしなかったならば



彼は死ぬまで敗者なのだ。









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