--/--/--    スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


支援とは何か?



今回の性的少数者へのアライ



僕が素直に賛成しない理由をもうひとつ書きます。





このアライという支援活動には



この性的少数者への


「本当の100%の行動」



が含まれていないからです。





分かりやすく書きます。



アライを唱えている人は、



性的少数者の側にはならないからです。




これには残酷な面があるのです。



性的少数者を全面的に心の底から体の芯から理解して



「声に出して、シールを貼って」



支援するならば、



その相手からの気持ちを拒絶しない



ということであるべきだと思います。






現実の話をはじめて書きます。



僕はLGBTの人にアプローチを受けたことが何度かあります。




その男性は僕にたいして明らかに



「女性が好きな男性にアプローチするように」



接してきます。




一緒に二人で温泉に行こうと言われましたし、



彼は僕が男子トイレのいちばん右で小便をしていると、



他はみんなに空いているのに、僕の隣に来て並んで立ちます。




明らかに彼から僕に対しての好意を感じます。



でも僕は彼に対して、その好意を彼の求める形で答えることは出来ません。



でも、彼を気持ち悪いとか、嫌な奴だとは全く思いません。



もし僕がアライを



「わざわざ」



口にしていたとして、その彼の愛に答えないならば、



それは統合性が有りません。





この「わざわざ」が嫌なのです。




以前、LGBTの男性の悩みをテレビでやっていた時に、



いちばん辛いのは好きになった相手がストレート(異性愛)であり、



自分の思いがどんなことをしても叶わない時だ、



と言われていました。





アライを口にしている人は、



自分がLGBTの方からの恋愛対象にはならないと思っている感じがします。



僕が思うのは、



わざわざ支援していると口に出したりシールを貼ったりするならば、



半端な態度をとるなということです。





まともな感覚の人にとってはストレートもLGBTの人も、


おんなじ人なんです。






このわざわざ、口にするという行為に近いことの例を書きます。





電車で席を譲るという行いが有ります。


自分が席に座っていたときに、



老人や体の不自由な人が乗って来たときに、席を譲ることです。





僕は電車では席を譲りません。



なぜならば電車では座らないからです。



もし電車で席を譲ると



「わざわざ」



口にする人がいたならば、



そんなことわざわざ口にすることじゃないし、



若い奴ならば席を譲る前に座るなよ



と思います。






LGBTアライを口にしてシールを貼るという時点で、



「LGBTの人は自分とは違う人だ」



と宣言しているのと同じです。








以上









スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://yamaguchikaoru.blog84.fc2.com/tb.php/4782-0d354592
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。