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07/04/2016    普通とはどちらなのか




いま



先日刊行された



白石一文さんの



「記憶の渚にて」



を読んでいる。





原稿用紙900枚の大作だから



まだ読み終わらないが



読み始めから魂が揺さぶられている。







白石一文さんの作品は



ツインソウルという言葉は出てこないが


普通の人にしたら



不思議な世界だろう。






僕が人生のバイブルとする



どれくらいの愛情




も、普通の人にしたら



不思議な世界だ。






さて



普通とはどちらなのか?






僕は白石一文作品を読みながら



うなずいている。






すべて真実であり



僕にとっては普通のことだからだ。






僕は霊感が強く



霊に取り憑かれて(同時に4つ)死にかけて



除霊したこともあり


預言者の言葉通りに


ツインソウルに出逢い



いまもセキセイインコに姿を変えた


マスターに護られている。






それらのことが当たり前のように



自分の人生に



何度も何度も起きると



僕や友恵にはこれが


普通



なのである。







しかし



世間でいうところの


普通とは、



まず、そういうことが世の中にあるわけがない



というスタンスだろう。






こう言うと怒るかもしれないが



感覚的に鈍感な人たち



もしくは



選ばれなかった人たち



と思える。






では選ばれて良かったのか?





ツインソウルではない配偶者と



長年連れ添いセックスをするなんて



鈍感でないと無理だろう。





どんなに臭いトイレでも



鼻がバカならば気にならないのと同じだ。






多くの作家が、



恋愛



みたいなしょうもない作品を



書いているこの時代に





白石一文さんは、



本当の「普通」



の作品を世に出し続けている。






普通だと思っている人たちの鼻が治った時に



いま自分のいる場所がいかに悪臭に満ちているかがわかるだろう。





でも逃げ出すことの出来ない人たちにとっては



鼻が利かない方が



幸せなのかもしれない。







あまりに鼻が利くのも



ツラいものだ。








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