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10/09/2016    誰が幕を引くのか?



一般マスコミやコメンテーターは書かないことがある。



思ったことが書けない。





長谷川豊さんの書いた人工透析患者への文章は



彼の意見である。





しかし彼はすべての仕事を失った。








さて



大口病院の事件



もちろん殺人はいけないことだ。





ただこの事件で終末医療に関わる



家族の悲惨さが見える。






治る可能性0



ただ息をしている生きる屍である親を



家族みんなの







時間



体力



精神力



をすべて注ぎ込んで面倒を診る。





やっとのこと終末医療機関である



大口病院に入れても


いつまで入院が続くが見通しがたたない。





家族が入院していたら



入院費用もかかるが


見舞いにも金がかかるし



本来は仕事や自分のための時間が



治るわけない生きる屍に取られる。





ひどい書き方?





いやいやこれが本音だよ。







ぜったいに



出ない



とわかっているパチンコ台に



毎日金をつぎ込まなければいけないようなものだ。





マラソンだってゴールがわかるから走れる。





終末医療の親を抱えるというのは



屍状態の人間と脚を紐で縛りあって



ゴールのわからない二人三脚を続けることだ。







そしてこの二人三脚には



決して勝利はない。




続けば続くほど



共倒れという現実が見えてくる。







誰かがこの二人三脚に



ゴールを決めなければいけない。





幕を引かないといけないのに



いまの法律ではそれが出来ない。








終末医療にかかる親や連れ合いが死んだ時に



本当に悲しさだけだったのだろうか?









余談だが



僕は今では元の両親に感謝をしている。




なまじ優しい親だったならば



老人介護をしなければいけなくなっていただろうが



あれだけイヤな奴らだから



気兼ねなく捨てることが出来た。







嫌な奴らに感謝をする。



ありがとう。








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